正月の再来
朝起きて布団の中でスマホを眺めていたら、中国拳法の達人のような人が肩甲骨を柔らかくする方法を教えている動画が流れてきた。
試しにやってみると意外と効き目があり、肩の重さが少し軽くなった気がした。
珍しく、見た目どおり本当にすごい人なのかもしれない。
家の洗濯機の乾燥機能が、数か月前から弱っている。
乾燥が終わっても服はまだ湿っていて、そこからさらに2時間追加で回してようやく乾く。
業者に連絡しようとは思うものの、長めの休みでもないと腰が上がらない。
いつも行くスーパーのクレジットカードを作ったり、スマホの契約内容を見直したりすれば小さく得をすることも重なっているが、どれも実行できていない。
久しぶりにAIと思想について話してみたが、やはり自分が到達できない地点には辿り着けなかった。
AIに優秀さを感じるのは、今のところサーチとコーディングといった、非常に現実的な部分だけだ。
AIは今、人間に何ができるかという現実的なラインを視覚的に示してくるので、たまに辛さを感じてしまう。
家に食材がないので外食にしようかと一瞬考えたが、特に食べたいものが思い浮かばず、近くの、普段は行かない方のスーパーへ向かった。
普段行くのは駅側のスーパーだが、駅とは反対方向に、そこより少し近い別のスーパーがある。
店に入ると、まだ正月は終わっていないぜ、と言わんばかりに和風のイージーリスニングが流れていた。
そういえばまだ今年は初詣に行っていないなあと思い出しながら、こんなに近い場所でも、時間の流れ方は違うんだなと妙な発見があった。
店内を見て回った結果、昼は塩まぜそば、夜は梅と塩昆布のお茶漬けに焼いた鶏もも肉を添える、という献立に決めた。
今日は俺はどうやら塩っぽいものが食べたかったんだな。
数日前に直したターンテーブルだが、また断線したようだ。
前回は白が聞こえなかったが、今回は赤が聞こえない。
自分が不器用すぎて、はんだ付けすらまともにできない。
仕事が工業系でなくて本当に良かったと思う。
手袋を外す、という行為そのものに憧れがある。
そう考えていると、付随するイメージとして、洋食屋に絵画を運び込む自分の姿が浮かんだ。
その場面では、漫画のような泥棒が金庫から出てくる瞬間が一瞬映るのだが、ピントは絵画を運ぶ自分に合っていて、泥棒は大量の札束を抱えたままガラスを割る事なく、すり抜けて外へ消えていった。
その後、遠くで大きな地震を感じたと思ったら、洋食屋のテレビでは動物園の動物が一斉に逃走している様子が生中継されていた。
逃げる動物たちは全員が正面を向いており、この映像を撮っているカメラはどういう状況なんだろうと疑問に思いながら、太ももに効くダンスを軽く踊り、俺は次の目的地も知らないまま外へ出ていった。
そこまで考えてふと外を見ると、夕方が始まりそうな昼頃の色をしていた。
夕方が始まるからカーテンを閉めようかなと、行為が一段階早くなるのを抑えつつ、いつも通りコーヒーを淹れた。