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冬の真ん中

最近ずっと家にいるせいで、遠くから誰かに声をかけられることがない。
とはいえ、子どもの頃でさえ遠くから呼ばれた記憶があっただろうかと思うと、具体的には何一つ思い出せない。

もし遠くから声をかけられるなら、「おーい」と澄んだ声で呼ばれたい。
その日は雲ひとつなく、冬の真ん中らしい冷たい晴天だった。

道を歩いていると、おーい、と遠くから声が聞こえた。
声の方へ振り向くと、細い路地の奥から、昔から付き合いの長い友人が手を振っていた。

たまに通る道なのに、こんなところに路地があったのかと驚いた。

子どもの頃は、ここから帰れば近道なんじゃないかと思いながら、よく細い道を探してはそこを通って帰っていた。
そんな現実的なことを考えつつも、本当は全く知らない場所に出てほしいという願望もあった。

そんなことを考えていたのは子どもの頃までで、いつからか細い路地を認識できなくなった。
大人になってからは、路地そのものが見えなくなる。

お前はその路地から俺に声をかけてきた。ということは、大人になってもお前にはまだ細い路地が見えているのか。

友達のお前に呼ばれたものだから特に違和感もなく、俺もその路地に入ろうとした。
するとお前が「何してるんだ、早くこっちに来いよ」と言うので、俺は慌てて足を止めた。

そっちは死後の世界なのか。
現実の俺は病院のベッドで眠っていて、そっちに渡ったら死ぬんじゃないのか。

渡るのをやめて、「そこで何してるの」と聞くと、お前は「バケツに入った熱湯を運んでいるんだ」と言う。

だがバケツから湯気が出ていない。
死後の世界では熱は上に行かないのだろうか。
死後の世界にも物理法則があると思うと、死んだ後も気が滅入る。
きれいな空気だと寒い日に吐息が見えないという、現実的で、今起きてる現象からかほど遠い、そんな物理の話を思い出した。

緊張が続いているせいで、さっき銀行から下ろしたばかりの万札さえ重たく感じてきて、どことなく後ろポケットの財布を手で支えた。

早くここから離れたくて、「急いでるから行くね」と言うと、向こうはひどく現実的に、ごく普通に、「何か言ってるのか?」とこちらへ駆け寄ってきた。
そっちは死後の世界じゃなかったのかよ。

そんなことを考えていると、子どもたちの遊ぶ声が聞こえた。
そちらを見ると、何年も前に壊れたポルシェのような車に子どもたちが乗り込み、
「ここで飯食おうぜ」と言いながらシートベルトを締め、コンビニで買ったおにぎりとお菓子を食べていた。

大人になったら、お前らもその壊れたポルシェを認識できなくなるんだぜと思いながら、
いや、きっと一人くらいは気づくんだろうなと考えを改めた。