アヒージョ
数ヶ月前から髪型をベリーショートで美容師に頼んでいるが、短くするとサイドがトゲトゲしてしまう髪質のせいで、思っていたような形にうまくまとまらなかった。
まあそんなものかと思い、完璧に気に入っているわけではない髪型にもなんだかんだで慣れていって、何か他の事に夢中になっていれば特に問題がなかった。
昔よく聴いていた、展開の多いポップな曲をネットで見つけ、懐かしさを感じながら次々と再生していった。
もうとっくに耳が受け付けなくなっていて、懐かしさと苦しさを感じながら楽しんでいく。
精神がアンビエントに逆らうときに放出されるエネルギーを感じる。
こういうコンテンツを耳が受け付けなくなるのは構わないが、このエネルギーすら感じなくなる段階が来ると思うと少し怖さを覚える。
洋食屋ではハンバーグとエビフライの定食を頼み、妻はナスとハンバーグの定食を選んでいた。
店内には子供連れではない夫婦が多く、彼らは総称して鮮やかな黒色のように見えた。
試しに、普段通っているチェーン店よりも、薄暗い黄色が強めに出ているパン屋に入ってみた。
最初はフランスパンに目がいったが、妻が食パンが気になると言うので、それを買うことにした。
パン屋の食パンは、二人で食べるには少し多く、その量のわりに賞味期限が短いことが多いが、買わない理由にはぎりぎりならない。
食パンが置かれていた台が良い木のような素材で、良く感じたのは実は下の板なんじゃないのかと思いながら店を後にする。
普段行かないスーパーにも寄ってみた。野菜も肉も鮮度が良く感じたが、いつものスーパーのほうが配置を把握しているという理由で、何も買わずに出た。
その判断から、もうその日の自分には体力が残っていないことに気づく。
妻のお腹が痛くなり、近くの建物のお手洗いに入った。そこは昭和の婦人服店が並ぶアーケードで、駅の地下通路の途中にあるような雰囲気だが、入り口からは地上の光が差し込んでいた。
横に長い建物だったので、妻が戻るまで端まで歩いて折り返すことにした。
通路の途中には、占い館から人間と水晶玉だけを取り除いたような空間があり、「ここはレンタルスペースです」とだけ書かれた看板が置いてある無人の店があった。
今のところ自分がお世話になりそうな店は一つもないことを確認し、妻と合流した。
家に帰るまで半信半疑だったが、昼に買った食パンは、今まで食べた中でもトップクラスの美味しさだった。
焼かなくても良いし、焼いても良い。
食パンを食べたあと、俺はアヒージョを思いつき、夕飯でそのパンの最高点を叩き出した。
家に誰も来たことがないのに、これならホームパーティできるねと二人で喜んだ。
今日もうちの洗濯機は調子が悪く、入れたタオルを何時間もかけて乾かしていた。