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次の日は一人だった

昨日、友人からはっきりと「お前はつまらない」と言われ、重い足取りで帰宅した。
ただ、朝起きるとその言葉はもう喉を通り過ぎていてすっきりしている、と一瞬思ったものの、心は粘度の高いドロドロのマグマのような状態になっていて、どうにも気持ち悪い。
同時に、今まで自分は川のような、薬にも毒にもならない会話ばかりしてきたんだな、とも思った。

もやもやした気持ちのまま会社へ向かい、通勤電車に乗る。
こんな気分の時でも満員電車に押し込まれなければならないなんて、経営者層は本当に労働者がどういう生活を送りたいのか、何を望んでいるのかがまだ分かっていない。

新宿で降りたあと、駅の天井から空調が調子の悪い音を立てていた。
気にしながら歩いていると、望んでもいないカクテルパーティー効果が働き、空調音だけが耳に届くようになった。
人の足音も会話も消え、空調音だけが支配する。
その単一の聴覚情報はすぐに精神を蝕み、視界にも影響が出て、見える範囲がいつもの三分の一ほどに狭まった。

会社に着いてからは、水を多めに飲み、15分ほどじっとしていたら、体調はようやく通常に近づいた。
ちょうどその頃、上司が到着する。
上司はいつも勤務時間より15分ほど遅れてくるが、特に仕事に支障があるわけでもないので気にしていない。

席はフリーアドレスなので、俺は誰も隣に来ない端の席に座る。
そこで仕事をしたり、しなかったり、コーヒーを飲んだりして過ごした。
心は落ち着いてきたものの、ぐしゃぐしゃであることには変わりがない。
嫌いなものを思い切り書き殴って羅列したいと思ったが、暴力的な文章を書くには、この部屋はあまりにも美しさが足りなかった。
もしここが家のリビングで、好きなものだけに囲まれていたなら、いくらでも悪い文章を書けただろう。

嫌いなものというのは、一度吐き出してしまえば案外満足して、「あれ、そんなに嫌いじゃなかったな」と思えるものだ。
嫌いなものと言うより、ただ言いたかっただけな事に気づく。
実際のところ、世の中に本当に嫌いなものなんてそう多くない。
ただ、生活の中で悪いことを吐ける状況がほとんどないから、自分が何を嫌っているのかに気づきにくいだけだ。

帰宅前、帰り支度をしていると、上司が「高円寺って、本当に高円寺って寺があるんだな」と言いながらネットサーフィンをしていた。
その寺が意外と小さいらしいことを教えてくれたので「へえ」と思っていたら、今度は「じゃあ吉祥寺には吉祥寺って寺があるのかな?」と話を続けてきたので、「あるかもしれませんね、お疲れ様でした」と言って帰ることにした。