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スパイク

目が覚めて時計を見ると、まだ早朝の4時だった。
寝ている姿勢の軸がずれているような気がして、背中を少し動かした瞬間、左腕に鈍い痛みが走った。
ああ、寝違えたか、と思ったが、体のコアはまだ半分眠っていて、痛みへの関心は薄かった。

あと2時間もすれば会社に行く準備をしなければならない。
そう思った途端、体中の筋肉と毛穴が一斉に収縮するのを感じた。
当然、髪の毛もその巻き添えを食うわけで、たまったものじゃない。
せっかく前回美容院に行ったとき、「髪の質が良くなってきましたね」と褒められたばかりなのに。

思考はまだ半覚醒のままなのに、そこへストレスが割り込んでくるものだから、体が本格的に拒絶反応を起こし始めているのが分かる。

安全な方向を探して、細胞たちがそれぞれ勝手に逃げ回っているような感覚がある。
だが「安全な場所とはどこだ」と言わんばかりに、みんな好き勝手に動くので、体が変形しているようにすら感じる。
今、体温を測ったら熱があるかもしれない。

こんなことが年に数回ある。
最初はただ辛いだけだと思っていたが、最近は今を生き抜くための、次の体に向けた進化なのではないかと感じている。

つい最近まで二か月ほど在宅勤務を続けていて、エレガントなニットがよく似合っていた。
それなのに「明日からまたしばらく本社に来てくれ」と言われた途端、家にいたい、現状を変えたくないという気持ちが一気に押し寄せた。
本当に会社に行きたくなくて、心にはかなりの負荷がかかっていた。

朝起きてカーテンを開け、コーヒーを淹れ、洗濯をして、ストレッチをして、部屋の温度を整え、自炊をして、好きなソファに座る。
俺はこの空間で仕事がしたいんだ。

しかし、うちの会社は請負の仕事ばかりだから、上司に「来い」と言われれば行かざるを得ない。
今の心身のままでは会社に行く負荷が高すぎるから、細胞たちが化学変化を起こして、少しでも楽にしてやろうと、俺を会社用の体に作り変えてくれているのだろう。

子どもの頃から「手から電気を出したい」と漠然と思っている夢がある。

人間が状況に合わせて進化できるのなら、電気を出さざるを得ない状況を作れば、そのように体も変化していくものではないのか?と考え、大学院では生物物理科に進学した。
ただ、大学院時代に一度研究を試みて以来、科学は「他人に伝えるためのもの」だと感じてしまい、科学的に理解しようという関心は薄れてしまった。
自分だけが辿り着きたい、現実的であり抽象的な場所なのだから、学問にわざわざ落とし込む必要もない、とは思うものの、何かしらのアプローチは必要で、やはりこれは人生の課題だなと思うと同時に、右脳に、普段はしない喝みたいなものを入れた。

そんなことを考えているうちに、「改造が終わったよ」と細胞がシグナルを送ってきたので、布団から起き上がり、会社に行く準備をした。
これまでは自然とスーツを着ていたが、今日は自然と私服を選んだ。
改造されたことが視覚的に分かりやすくて良いねと思いながら、いつかたどり着く場所とはまったく関係のない寄り道として、会社へ向かう事にした。