中国語のおもしろさ
Duolingoで中国語を学びはじめてもう2年ほどになる。
英語もままならない状態で中国語をはじめることに疑問がなくもない。
ただ一言語が完璧なことよりも複数言語がなんとなくわかる方がおもしろいと考えていた。
中国語の前に韓国語をかじっていた。
中学生のころ、母がNHKラジオ放送ではじまった「アンニョンハシムニカ・ハングル講座」を学びはじめた。
京都府の日本海側に住んでいたのでラジオのチューニングをしていると韓国からの電波が無数に飛んできていた。
「これ全部わかったらおもしろいやろな」と母は言っていた。
いま思うと、当時のハングル講座の教材はとてもお堅いものだった。
「キムソンセンニン、アンニョンハシムニカ?(キム先生、こんにちは)」
いまの韓国語講座ではこんなフレーズは使わないだろう。
19歳になって、初めての海外旅行で韓国に行った。
福岡から釜山にむかうフェリーのなか、たった一晩でハングル文字をざっくりマスターした。
同行の友人が「ハングルは子音と母音の組み合わせで元は漢字だ」のひとことですんなり頭に染み込んだ。
子音の形はローマ字の形を마はM、다はD、가はKと半ば強引に当てはめておぼえた。
釜山についてからも看板の文字をなんとなくゆっくり発音することができた。
ただ意味はさっぱりわからなかった。
いま習っている中国語は簡体字で綴られた北京語になる。
香港ポップスや香港ヌーベルバーグに浸ったことがあったので心情的に広東語や台湾語のような繁体字に思い入れがあった。
簡体字はどうしても大陸の政治体制の香りがしてとっつきにくかった。
Duolingoでは北京語と広東語を同時にはじめたものの北京語の方が圧倒的に学びやすかった。
世界で一番難解な日本語を操る私たちにとって中国語はとてもとっつきやすいと感じる。
漢字をみれば意味は想像できる、音もなんとなく。
日本語の語順で単語をならべればだいたいあってる。
簡体字で省略され過ぎて元の漢字がまったく想像できない文字もあるし、四声・ピンインはたしかにむずかしいけれど、時制がない。
ただ英語圏の人たちに比べてはるかに有利だと感じる。
いいわるいはさておき、世界にはふたつのグローバルスタンダードが存在する。
英語世界と中国語世界だ。
政治経済の観点では、英語世界の価値観に共鳴するしそれに沿って生きている。
一方で文化の観点では、中国語世界はやはり我々日本文化にとっての兄貴である。
「漢字」という文字でとらえると、日本は渡来したときの由来や意味をそのまま保っているものの、中国は常に現代にアップデートされている。
中国語を学ぶことで、もうひとつの世界を垣間見ることができる。
英語と中国語、両方学ぶことでみえてくる世界がある。
それがおもしろい。